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中央区佃2丁目21 銅板張りの看板建築

前エントリーからのつづき。
二葉家の並びにある看板建築物件。

160.jpg

銅板が見事で、しばし見入る。

177_20160410084316a31.jpg

先日、建築をやっている友人が、銅製看板建築についていろいろ教えてくれました。

・銅葺き職人が関東大震災後にどかどか作ったってのがセオリー。銅もそのころ鉄より安かった。銅線つかう電機・通信がそれほど発達してなかったから、燃料食う+兵器に使える鉄のほうが高かった
・大正の末期~昭和初期が銅なんだよね。お寺の雨どいとか造作も大体銅だから職人さんがおおくてさ。
・銅は熱に弱いから、これなら中の木も燃える。東京を燃やせる、ってアメリカのカーティス・ルメイってひとが「B29と焼夷弾による戦略爆撃」ってものを考えたんだよね。(このひと、あとでベトナムで「今度はナパーム弾だ!」とか燃やす事に執念深い)
当然日本もそれ予測してて、埼玉で仮設住宅地(実物大模型)つくってどう燃えるかの実験したんだけど(日本建築学会)結局間に合わなかった・・・ていうかほとんど無視されたんだよな。まあ取り入れても結果は同じだったとおもうけど。生き残った看板建築がどんだけ運がいい物件か・・・・ってわかんない人多いんだろうなあ。

184.jpg

・銅板系看板建築は意外に少ないかも。藤森先生もこれで学術論文書いてる。モノホン・オリジナル・本筋、の看板建築(銅)がよく調べると案外少ないから、これなら調べられる!論文書ける!と踏んだのではないかと私は睨んでるんだけどw(いいとこ突いたなあ)
・1990年代まではあんがい川崎とか川口とか、東京から川一本隔てたところに銅看板建築、よく見かけたんだよ(住んでたし)。震災は同心円で広がるから、影響は都と県の境目を超えたんだよね。
・都市計画法での「防火区画帯」・・・むかしは看板建築(木を金属で覆って燃える時間を延ばす)で対処してて、いまは背が高い不燃建築で、火の粉が飛ぶのまで防ぐ・・・という。この場所に求められてる要求は同じで、技術が変わった事で都合良く床面積も増やせたのでディベロッパーはホクホク(苦笑)

193.jpg

以上、Facebookで友人とやりとりしたときの友人コメントより。
何も知らぬまま、いつもぼーっと眺めていただけだったけれど。。
勉強になります。

最後にWikipediaから引用。
「1950年に施行された建築基準法により、銅板が不燃材として認められなくなり、銅板張りの看板建築は建てることができなくなった」

2016/4/2 中央区佃2丁目

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