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町名看板(別バージョン) 大田区羽田

10月23日。
東京駅から羽田まで、看板さがし旅。

訪れたことのないエリアや以前訪れて以来久々のエリアなどあり、ところどころに古い家並みを見つけたりしてなかなか楽しい道中でした。
しかしながら、お目当ての看板は発見できないまま。
この日のゴールである羽田に着いてしまいました。
疲れもあるなかしばし散策してみたものの、看板は見当たらず。

あきらめかけていたところで、ついに・・・
ああ、ついに!

PA231898.jpg

小ぶりの地番プレートでした。
かなり古そうなバージョンです。

すべてが徒労感で終わってしまうかという終了間際での、なんという大団円。
めでたしめでたし。

ただ、どうしても不可解なことが・・・

このプレートを見つけたのは、確かに「羽田三丁目」だったのです。
でもプレートは「羽田二丁目」となっていました。
二丁目から持ってきて付け替えたようにも思えないし。
いったい、何が起きたんだろう。。?

そう思って、インターネットでいろいろと調べていました。
今日、その謎がほぼほぼ解けました。

いまの羽田三丁目は、昔は羽田二丁目だったのです。

1958年にそれまでの羽田一~三丁目が羽田一~六丁目に再編されました。
これはwikipediaで確認できました。
それだけではなんとなく腑に落ちていなかったのですが・・・
その後の調べでようやく、以下のサイトにたどり着きました。

「羽田ボランティア推進の会」様公式サイト

gazou103_mod02 (2)
※「羽田ボランティア推進の会」様公式サイト「資料室」より転載

昭和17年の地図がありました。
たしかに現在の羽田三丁目(プレートのあった場所)が、羽田二丁目になっていました。
これですっきり!

もっと前は、羽田一~三丁目は「羽田猟師町」という町だったようです。
1932年に「羽田」という町名になったとのこと。
その後、前述のとおり1958年に同じ町名で丁目の再編。
つまりこのプレートは、1932年~1958年の間のどこかの時期に制作されたものということになります。

1932年というのは羽田に「東京飛行場」ができた翌年。
1958年というのは、戦後に米軍の管理下におかれた羽田空港エリアが日本に全面返還された年。
26年間のちょうど真ん中が、1945年、終戦の年。

町名の整理がそういうタイミングで行なわれていたことがわかります。
このプレートは、そんな時代のいつに生まれ、この場所でどんな時代を見てきたのだろう。。
そんなことをふと、考えてしまいました。

それにしても、しかし、インターネットってすごいなぁ。。

2016/10/23 大田区羽田3丁目

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